街人(まちびと)
作・中野浩作
作品紹介
ハナレとステタは、密閉された一室で暮らす二人の「街人」。
恋人でも家族でもない二人は、互いの違いを確認し、自分自身を正しく認識するために、決められたルールに従って会話を続けている。
「ハナレはハナレ」「ステタはステタ」。固有名詞を確認し、一人称を捨て、他者と混ざり合わないこと。それが街人として生きるための条件だった。
しかしハナレが「お母さん」について語り始めたことで、二人の記憶は少しずつ重なり始める。母、町、思い出。誰のものだったのか分からなくなった記憶の中で、自分と他者を分けていた境界が揺らいでいく。
他者と違うからこそ自分なのか。それとも、誰かと共有された記憶もまた、自分の一部なのか。
「街人」になろうとする二人を通して、記憶と個人、他者との境界を描く二人芝居。
舞台・世界観
舞台は、外界から切り離されたような密閉された一室。そこにいるハナレとステタは、「街人」になるための規則に従って生活している。
街人にとって、会話は単なるコミュニケーションではない。他者との違いを発見し、自分自身を客体として認識することで、それぞれの「個性」を保持するための行為である。そのため二人は、会話の開始、話題の設定、固有名詞の確認などを、儀式のように繰り返す。
一方で、「私」「僕」「俺」といった一人称は、他者との境界を曖昧にするものとして禁止されている。街人になるためには、名前によって自分を固定し、他者と混ざらない存在であり続けなければならない。
しかし、ハナレが語る「お母さん」や「町」の記憶は、やがてステタの記憶とも重なり始める。人物、建物、道路、学校、食べ物といった異なるものがすべて「お母さん」という言葉へ置き換わり、個人の記憶と共有された記憶の境界が崩れていく。
名前、会話、記憶、町。人間を一人の個人として区切るはずのものが、逆に誰かと自分をつないでしまう世界。

