WRITING / STATEMENT
ただ、ここに
「在る」こと
何者かになるわけではない。
すでに何者かではあるのだから。
絶えず絶えまず、感じ続ける。
五感だけで足りないことを感じた時に、
自らの内に表現することの窮屈さを感じるだろう。
多くの体感と、多くの経験と、多くの思考により、私はここに「在る」と自らを規定する。
規定する自らには何があるのか。
私か。
私という個性か。
個性とは何か。
何かとは異質性を望むか。
異質とは異なることか。
異なることは人と違うことか。
人と違うことは悪いことか。
悪いことは良いことか。
良いことの多くは『多く』である。
『多くであること』は是か。
群体は個を失ってこその群体であろう。
社会を形成する群体において、多いことが是である群体において、
個性をもつ孤独な体に価値などあるのだろうか。
あらゆることに意味があるとして、
あらゆることに意味があるとして、
しかし、
あらゆることに意味がなかったとしても、
私は自らの規定するままにここに存在する。
自らの肉の肉体がここに在ることを認識している。
ここに在る肉体が自らの肉で出来ている以上、
この耳/鼻/口/眼球は感じることをやめないだろう。
機械的に自動的に能動的に受容するこれらの器官は私に変化を強要するのだ。
自らの肉体から自らが消える。
自らの心から自らが消える。
自らの思考から自らが消える。
消えた先にあるのは自己が他者であるという認識である。
他者と自己の境界線が溶けた時、私は何になる。
熱い血潮として流れるのでもなく、
冷徹な思想に染まるでもなく、
ただ、この肉の殻に収まった、
人の心と思考がただ、
常温平熱の人の体として何れかを表現するのを目指して。
NAKANO KOSAKU / HEINETSU BUNKAKEN
