毎朝、決まった時間に起きる。 水を飲む。 適当に朝食をすませる。 納豆を押し込みながら、やかんのお湯が沸くのを待って、コーヒーを淹れる。 角砂糖は一つ。 牛乳を注ぐ。 流しに茶碗を放り込む。 髭を剃り、歯を磨いて、ぬるくなったコーヒーを飲む。 スーツに着替え、カバンを下げて、ドアの鍵を閉める。 住宅街の真ん中を通り抜ける。 踏切は長い。いつも待たされる。 小学校の脇を通る。 信号をいくつか無視して道路を渡る。 駅の改札を抜けて、いつもの通勤快速に乗り込む。 先頭から 3 両目の 2 つ目のドア。 座る。 窓の外を眺める。 建物が流れていく。 出勤する。タイムカードを切る。 「おはようございます」 デスクに座り、PC を立ちあげる。 「おはようございます」 誰も、いない。 近所にも、小学校にも、駅にも、電車にも、会社にも、誰もいない。 私一人だ。 この街には私しかいない。 いつから私は一人だろう。 子供の頃には誰かいた。 中学生の頃には誰かいた。 大学に入っても誰かいた。 成人しても誰かいた。 入社しても誰かいた。 結婚しても誰かいた。 子供が生まれても誰かいた。 でも、誰もいない。 いつの間にか私は一人でいた。 私はデスクに座り、仕事を行う。 誰もいない仕事を行う。 この仕事は流れることなく、停滞し、何も生み出さず、ただ、書類の山を作り続け、オフ ィスは私が生産する未処理の仕事で埋め尽くされようとしている。 タイムカードは裏と表の区別がなくなるくらい真っ黒になってしまった。 「おはようございます」 「お世話になっております」 「お先に失礼します」 同じことを何度も叫び続けて砂が混じったような声が出る。 清掃員のいない窓ガラスは一面埃だらけで日の光も差してこない。 じめじめとしたカーペットには紫のカビが生えている。 わたしは、わたし、わた、私は、 弁当を食べる。 ランチタイムを一人で過ごす。 私は私一人かいないのに、私のことを私と言うことはどういうことなのだろうと考える。 私以外一人もいなくなってしまったこの街に私のことを呼ぶのは私一人しかいないと言う のに私を私と規定する理由などどこにあるのだろうか。 とか考えながら、鮭を食べる。 昼寝をする。15 分ぐらい眠って、仕事にとりかかる。午後は外回りだ。 誰もいない会社を巡り、誰もいないオフィスをノックし、誰もいない応接室のテーブルに 積み重なる私の名刺の上に新しい名刺を重ね、誰もいない空間に深々と頭を下げる。 あすふぁると。 は、ところどころひび割れている。 いくつものビルが朽ちていく。 朽ちている。 朽ちている。 何の音もしない。 静かな街にコンクリートの鳴き声。彼らの鳴き声は無音である。 無音の鳴き声がビルの隙間を抜けてうねる。 うねりの中に私はあり、私は一人である。 尋ねたいことがある。 どうしようもなく、聞きたいのですが、よろしいでしょうか? 私は、この街のたった一人です。 たった一人の私は街にいます。 では、私はこの街から出られるのでしょうか? 誰もいない街に少なくとも私がいて、私は歩いたり、動いたり、生活したり、して、街の 機能をしています。申し訳ないことにたった一人なのですが。 私がいなくなったら、この街は死ぬのでしょうか? それとも、もう死んだ街に私はいるのでしょうか? では私はもう死んでいるのでしょうか? 街が死んでいるなら私はなんなのでしょうか? それとも、私が街なのでしょうか? 私が街なら、私が生きていれば街は生きているのでしょうか? 私は、ひとりの街人です。 まち、続けています。 街を、続けています。
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